行く先にはいつも・・・
風見鶏は修士論文を書くために山に入って地質調査をしている。
先週の金曜日にも調査に行った。
昼ご飯を食べるために集落の公民館に向かった。
前々からこの辺りには,ヤツがよく出没することは知っていた。
この時もやはり出てきた。
猫。
「何をしに来たんだ」と言っているようだ。
軽トラックの下から,もう1匹出てきた。
これで2匹になった。
いや,3匹だ!
3匹そろって日陰で寛いでいた。
風見鶏もしばらくここで休憩をした。
そして出発の準備をして歩きだすと,周りにさらに4匹の猫がいることに気付いた。
(写真はないけど(^^;))
この日は,猿を撃つ人にも出会い,3匹撃ったが1匹逃げられてしまったと語りながら,撃たれた猿を見せてくれた。
動物パワーを貰ったせいか,この日は非常に効率よく調査ができた。
また近いうちに,調査に出かける予定だ。
そして,来週の水曜には,待ちに待った「鮎採り」だ!
愚痴
ごちゃごちゃ裏でノウガキ垂れるんやったら面と向かって言わんかぇ!
ブチブチ文句言うんやったら自分で1回やってみぃ!
…………
おし!今日も頑張ろう
9月1日の防災の日を前に
9月1日は防災の日で全国各地で防災訓練が行われるでしょう。
そして今年は初めて東海・東南海・南海連動型巨大地震を想定した防災訓練が行われるらしい。
ちなみに東海・東南海・南海連動型巨大地震とは、駿河湾から四国沖を震源とする3つの地震発生帯で起きる海溝型地震が、ほぼ同時期に発生することであり、近未来(20-30年内?)に発生する可能性が高い地震である。
今更か…と行政の対応の遅さを改めて痛感するが、やらないよりマシだと思い、報道に注目しようと思う。
ただ問題は連動型と言ってどのような訓練をするのだろうか?
激しい揺れにより、
ビル・家屋の倒壊・火災、
高架道路・線路の落橋、
原発の放射能漏れ、
10メートルを越える津波
……
挙げれば切りがないが、こんなものは単体の地震でも発生する。
連動型巨大地震の意味で誤解してほしくない点がある。
連動型巨大地震は3つの地震(東海地震、東南海地震、南海地震)が必ずしも同時に発生する必要がないと言うこと。
つまり、例えば東南海地震が発生した4時間後に南海地震が発生しても、それは連動型地震として扱われると言うことである。
連動型として扱われないためには少なくとも互いが5年以上離れていないといけない感じだ。
この時間差連動型地震が最も甚大な被害を被るのである。
どういう事かと言うと
例えば、東南海地震で被害を受け、復旧作業をしようとしている矢先に、南海地震が発生するということである。
この例は復旧作業をしようとしていると想定したので、地震発生に3日以上のタイムラグがあることを意味するが、4時間後だった場合どうだろうか?
逃げ惑う最中に、巨大地震がまた来るのである。
地獄絵図になるのは必至だ。
実際、過去にもこの時間差連動型地震は起きている。
直近では昭和19年(1944年)に東南海地震が発生し、その2年後に南海地震が発生して甚大な被害を被った。
ただこの東南海地震は戦中だったため国家機密となり正確な被害は分からない。
別の時代では東南海地震が発生した48時間後に南海地震が発生した例もある。
今回の連動型巨大地震対策としての防災訓練が、この時間差タイプを想定した訓練であることを祈りたい。
雷
今、30日の午前2時を過ぎたところですが、
30分前から激しい雷雨に見舞われています。
何度も部屋の電気が消えたり点いたり。
皆さんは雷は好きですか?(笑)
風見鶏は好きです。
小さい時は嫌いだったみたいですが、今は稲光を写真に撮ろうと躍起になるくらいです。
最近は雷が怖いと思うことはないのですが
1度だけ雷で怖い思いをしたことがあります。
それは風見鶏が高校3年だった夏。
インターハイで茨城の山の中にいたときのこと。
その時も激しい雷雨に見舞われて、風見鶏がいた隣のテントに雷が落ちたのです。
雷が真横に落ちた時の音は、表現が難しいですが、その辺でゴロゴロ言っているような生温い音ではありませんでした。
すぐさまテントの外に出ると、周囲では稲光が真横に走っているのを何度も見たのです。
危険を感じ近くの避難小屋に走って逃げるのですが、目には真横に走る稲光が見える。
わずか100メートル程の距離がかなり長く感じられた瞬間でした。
ただ逆に、そんな経験をしたからなのか、普段の雷は怖くなくなってしまった。
こんなことを書いているうちに雷はどっかに行ってしまった(;_;)/~~~
地図を立体的にみる
皆さんは地図が立体的に見えますか?
最近はテレビや映画でも3Dで見れたりと物事を3次元的に捉えることが重要視されています。
テレビや映画の3Dは特殊なメガネをかけて見るので実際の目で見ているわけではないのですが、
同じ標高の地点を線で繋いだ、いわゆる等高線が描かれた地図は、実は3Dで見えるのです。もちろん特殊なメガネをかけずに。
地図には所々に標高が書かれているので、どこがどれくらいの高さ(高い)かと言うことは、大体の人は分かると思うのですが
例えば、ある山の斜面で、どこが急斜面で、どこが緩やかな斜面か、はたまた、どれくらい急なのか(人が歩いて登れる傾斜か)など、地図にはそんな情報が盛り込まれています。
そして、地図を見るだけで、立体的にイメージできる、地図が飛び出して見えるのです。
これは訓練をすればほとんどの人が実現可能です。
風見鶏も地図は3次元的に見えます。
高校時代、山岳部にいて毎月登山をしていたので、その時自然と訓練されていました。
最近、先生から教えてもらったのですが、とある講演会で
「近年、地図を読める人が減ってきている。地図が読める人は1000人に1人の逸材だ」
と言う統計があると紹介されたらしい。
「地図が読める」とは、どう言うことか?
それは上に書いた地図が3次元的に見えると言うことはもちろんのこと
自分が今、地図でどの場所にいるのかを正確に理解できる人を言う。
風見鶏は地質調査を専門としており、それは地面の石がどのように分布しているかを地図に示さなければならない。
だから地図が読めないと仕事にならない。
逆に、同じような仕事、研究をしている人は皆できて当たり前だと思っていた。
しかし現実は、専門とする人でさえ地図を読めない人が多いようだ。
昔(1990年代以前)は山を歩ける(地図が読める)地質屋が多かったが、最近はめっきり減った…
と風見鶏の先生も前々から嘆いていた。
1000人に1人しかいない地図が読める人
うちの研究室には先生も含め地図が読める人が4人もいる。
この技術は後輩にも伝えたいと思っている。
風見鶏の心得
現在,風見鶏の研究は自身の担当教官をはじめ,多くの人に技術協力をしてもらいながら,遂行している。
最近,担当教官と某地質コンサルの技術顧問の人と3人で話をする機会があった。
その時,風見鶏の持ち味は「高いコミュニケーション能力」だと言われた。
普通の学生では,自分の研究に対して,自ら外部の人に技術協力を申し出ることは殆どないらしい。
仮に申し出ても,協力してくれないことが多いらしい。
何を隠そう,その技術顧問の人も最近風見鶏の研究に関して技術協力を了承してくれた人である。
しかし,風見鶏自身,自分のコミュニケーション能力が高いとは思っていない。
ただ,昔より人と接することが楽になっただけである。
風見鶏は,ちょうど6年前になるが,2004年に当時アルバイトをしていた社長と出会ったことによって今のスタイルが確立した。
その社長は松下幸之助氏を非常に尊敬し,風見鶏にも著書を読み,考え方を学べと言った。
当時のアルバイトとは,教材セットで家庭教師を雇ってもらう営業のバイトで,周囲からは“怪しいバイト”ではないかと言われていた。
風見鶏自身,少々怪しいと思いつつも,“人との対応の仕方”を学ぶことが出来て非常に良かったと感じている。
今の風見鶏を知る人は,少々理解に苦しむかも知れないが,当時の風見鶏は人とコミュニケーションをとることが苦手だった。
特に初対面の人と話す時,自分から話しかけるようなことは殆どなかった。(話かけられれば対応したが…)
松下幸之助氏の著書や同氏のことを書いた書物を読みながら,営業のバイトをするにつれ,人と接することが楽になってきたのである。
そのが原因か,もともとの老け顔が原因か分からないが,同世代の人と比べられた時に“落ち着いている”と言われることが多い。
しかし,本当は同世代の人と何ら変わらないと自分では思っている。
ただ,風見鶏には以下のような“心得”を持って行動しているだけである。
● すべての出会いを大切にする
● 相手のことを自分のことに置き換えて物事を考える
● 見たものを素直に受け入れる
● 人を肩書きで接しない
● 自分に出来ること・出来ないことを理解する
● ホワイトワーカーにはならない
● 毎日必ず鏡を見て自分の顔をチェックし,笑顔をチェックする